気にしすぎている日本人たちへ

世界の人から見た日本人は他の人の目をとても気にしすぎていると思われていることが多いのではないでしょうか。
他の人の目をとても気にしているという事は、目立たないように生きていたいという事の心の表れであるでしょう。

ことわざに出る杭は打たれるという言葉があるとおり、自分自身が他人とは違うと思われることにとても怯えているという事なのでしょう。

 

このような他人目線の考え方を長い間ずっと考えていると、脳の中に特殊な考えが消えなくなってしまいます。
それは、「するべき」「そのはず」「こうでなければならない」「これが普通」など他人に合わせた人生が当たり前になることです。

 

普通に生活するうえではこれらの思考は間違えてないようにおもいます。
日本で歩く時は右側通行で歩くのが当たり前であるとか、電車から降りる人を優先するべきで乗る人は後から乗りましょうとか、飲酒をしたら運転してはいけないのが当たり前です。

 

自分がしたことで他人に迷惑がかかる行動はしてはいけない。というこれらの考え方は、集団生活が中心の日本社会ではとても重要な事になります。

 

しかし、他の人間に迷惑を掛ける可能性は低い場合にも、「こうあるべき」や「そのはず」だと考えが離れることはなく、心の気を抜けるようなところが分からなくなってしまって心が病んでしまう人が多いかもしれません

 

例えば、自分が道端で転んでしまう事が恥ずかしいと考えているならば、他人が転んでしまったとしてもそれは同じように恥ずかしい事だと考えているでしょう。
そのほかにも自分の周りの人に対して「人前で話をしていて足が震えるなんて恥かしい」「緊張していて顔が真っ赤になっていて可笑しい」「うつ病ごときで会社を休むなんて弱いやつだ」と普段から考えていると、本当に自分がそのような状況になってしまった場合は自分自身を必要以上に責め続ける事になることに。

他人からどう思われていてもかまわないという考えは他人に対しても同じように気にしていないということになります
よくよく考えてみれば、人が生活していて道端で転んでしまう事や体調を一時的に崩す事が当たり前な事なのです。

それを極端に気にするという事は異常だと考えられないでしょうか。

そんなことを気にしてしまう事を止めたいのならば、まずは気にしすぎている自分の心に気づくが大切。
そんな自分がわかった時には、心の中で静かに「まだ気にしてしまっているのな。気にしない、気にしない」と考えてみると、それほど気にならなくなってくるはずです。

 

人生は1度きり気にせずあせらず>>>

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